10月23日(土) Session Mのご報告 (Report)

「国際教育交流におけるリスク・コミュニケーション」報告書

発表者
辻田歩(大学教育における「海外体験学習」研究会 運営委員)
齋藤百合子(大東文化大学 国際関係学部 特任教授・大学教育における「海外体験学習」研究会 運営委員)

 大学教育における「海外体験学習」研究会(JOELN)から2名が登壇し、国際教育交流における​​リスク・コミュニケーションについて、豊富な事例を交えてご紹介いただきました。

 私たちはリスク社会に生きています。危機は突如として発生するのではなく、リスクとして常に潜在していることが指摘されました。リスクは世界中に分配されると同時に、個人の生活にも重大な問題となって現れ、さらにその影響は再帰的であると表現されます。つまり、リスクは公共圏(世界・国家レベルの大きな社会)と親密圏(個人レベルの小さな社会)を循環しているのです。このように社会を正しく認識すれば、これまで主流であった有事のクライシス・コミュニケーションのみならず、平時の丁寧なリスク・コミュニケーションが重要であることは明らかです。
 話題提供では、まずリスク・コミュニケーションを「各関与者が、安心と安全のために対話・共考・協働を通じて、多様な情報及び見方の共有を計り、リスクに対する行動の変容を促す相互作用」と定義し、その目的や機能が明示されました。国際教育交流には、大学、学生、保証人、受け入れ先機関に加え、旅行会社や危機管理会社など実に多様なステークホルダーが関わります。大切なのは、リスクゼロを希求するのではなく、どこまで許容するかという考え方のもとに合意形成を進めることです。そして、国際教育交流におけるリスク・コミュニケーションに関し、1) 対話によりリスクを軽減する、2) 教育的介入によりリスクを学びに転換する、という2つの可能性が示されました。前者については、安全情報の伝達・意見交換・相互理解・責務の共有が繰り返し強調され、各関与者間の取り組みについて、このポイントに照らし合わせながら具体的な提言がなされました。対話を重視するリスク・コミュニケーションは、信頼に基づく積極的なプログラム運営を可能にするだけでなく、その主役たる学生に教育的効果をもたらすと主張され、この考え方が後者に関わります。一方的な情報提供ではなく、双方向の意見交換により、学生が内発的に気づきを得て、リスクを自分ごととして捉えられるようになるでしょう。これら2つの可能性は相反するものでなく、調整的に検討されるべきものと考えられます。

 最後に、感想や疑問を共有するディスカッションが展開されました。リスク社会を学びに取り入れるという発想は、参加者の目を開かせるものであったようです。しかし、日本のリスクに関する意識については、未だローカルに終始する部分が多いことや、「安全」な国であるという盲目的信頼が、リスクに向き合うハードルを高くしているとの問題点も挙げられました。リスクが万事に伴う社会で、危険に対応しつつ、学生の将来に資する機会を担保していかなければなりません。まさにリスクが顕現したコロナ禍の今こそ、あらゆるステークホルダー間のリスク・コミュニケーションにより、それを学びに転換するという教育のしなやかさを発揮する時であると感じられました。

報告者
赤尾菜々実(東洋大学 国際学部)
湊洵菜(東北大学 文学部)